親切な人々のおかげでオビドスにたどり着いた私はさっそくiに荷物を預け、町をぶらぶら。オビドスは谷間の真珠と言われる美しい街で、城壁に囲まれたこぢんまりとした集落である。

あまりの可愛さに溜息をつきながら、一人でいるのが寂しくて仕方なくなる。昨日や今朝、なまじっか人と一緒にいたせいで今までより一人でいるのがこたえる。一緒に行こうと誘えば良かったと後悔したが、今さら仕方ないのでなるべく街を楽しむよう意識を集中させる。

一人でセルフショット(景色ばかりではつまらないのでたまに自分を入れて撮っていた)を撮っていると、フランスやスペイン、ドイツの人などが「撮りましょうか?」と声をかけてくれる。ポルトガル人だけでなくポルトガルに滞在する人がみんないい人に思えてくる。なかでも一人のスペイン人のおじさんは英語がしゃべれず、私はスペイン語が分からないと言っているにも関わらず、すれ違うたびに何か色々な話をしてくれた(内容はさっぱりわからなかった)。このあとリスボンでも愉快なスパニッシュと食事をともにする機会があり、この旅でスペイン人の印象まで良くなった。

さて、オビドス観光であるが、ここは小さな町なので2~3時間あれば十分堪能できると思う。くまなく街を歩き回り、ジンジャを何杯か飲み、お土産も購入し、カフェでまったり・・・というかなりオビドスを満喫した私も滞在時間は5~6時間ほどではなかったかと思う。なぜこんなにゆっくりしていたかと言うと荷物を預けたiが長い昼休みに入ってしまい、荷物を夕方までとることが出来なかったからだ。これから行かれる方ご注意ください。

リスボンに向かうバスではまたもやポルトガル人および観光中のフレンチファミリーに助けてもらいながら、無事移動できた。
ナザレの市場を見たり、路地をうろついたり、大西洋に再びつかってみたりした後でオビドスへ向かう。バスは前回と同じくRE社。乗り場は到着時と同じ所。

時刻表をプリントアウトしておいたので、それを見せながら「**分発のオビドス行き1枚」とオーダー。するとチケット売り場のおじさんが何やらポルトガル語で言っている。彼は英語がまったく出来ないようだが、その身振りからして直行バスは無いと言っているようだ。時刻表によればそんなことはないのだが、時刻表の内容が変わることもあるだろうと、とりあえずカルダスライーニャまで行く切符を購入しバス停で待つ。カルダスライーニャからちょうど良い時間のバスがあればそれに乗るし、ダメそうだったらタクシーで行けばよいのだ。ネットで調べた事前情報によればタクシーで10~15€ほどらしい。そのくらいだったら許容範囲だ。

バス停でぼんやりしている私があまりに暇そうだったのか、となりに座っていたやたらに髭の濃いポルトガル人が一冊雑誌を貸してくれた。当然内容はさっぱりだが、マイケルジャクソンについての特集が組まれていた。なお、雑誌にはポルトガルテイストのマツケン&杉本あやカップルが写っており、ちょっとおもしろかった。

雑誌も読み終えてしまい、せっかくなので髭と話すことにする。実は後々かれに大変お世話になることになったのだ。この場で彼と話すことにした私は実についていたと言える。

彼はアレクサンドという名のブラガ在住35歳で、ややセクハラ気味ではあるが本当に親切な良い人であった。彼がいなかったらオビドスに無事にたどり着けたかどうか。

アレクサンドと片言の英語と指差し会話帳で日本とポルトガルのこと、お互いのことなどを一時間以上しゃべる。ついでに近くのおばあさんも巻き込んでアレクサンドを通訳にしゃべる。ポルトガル人の二人は私を相当に若いと思ったらしく、一人旅だという話をしたら大層心配された。

ひとしきり話し終えたところでアレクサンドに切符を見せて、オビドスに行きたいのだがこれで問題ないか、と聞くとアレクサンドが切符売場のおじさんのところに行き、何か交渉しはじめた。どうやらカルダスライーニャ乗継(乗換なしでそのままオビドスに行ける)バスがあるらしく、切符をそれにかえてあげて欲しいと交渉してくれているようだ。このおじさんはポルトガルであった人のなかで唯一不親切なヤツで、アレクサンドの依頼も聞き入れず「だったら運転手に言え」と言い放った(と思う、ポル語は分からないので予想です)。むかつくヤツだ。

不安そうな私に「とにかくノープロブレム、自分がちゃんとバスに乗せてあげる。何も心配はいらない」と繰り返し、彼が乗るべくバスをパスしてまでわたしに付き合ってくれた。

結局、バスの運転手さんと交渉の末(これもかなり大変でアレクサンドが切符売場とバスの間を何度も走って交渉してくれた)、差額を払うことで乗換なしにオビドスに行けることになった。アレクサンドとはここでお別れし、最後にお礼に頬にキスをするよう依頼されたが丁重にお断りした。それとこれとは話が別なのだ。

バスの中でも運転手さん、周りのお客さんのみんな親切で、私のチケットを見てはどうしたら良いのか、大騒ぎしながら代わる代わる教えてくれた。

なんでこんなに親切なんだろうと、なぜかちょっと泣きそうになった。

バスに乗ること一時間と少し、無事にオビドスに到着。

うーん、もう四か月くらい経っており、その間にカンボジアとドイツを旅してすっかり記憶が薄れていますが引き続き。

とりあえず明るいうちに海に出て大西洋に飛び込む、ようなことはせず、足だけ浸かって満足する。だって水がとっても冷たいんですもの。それに水着になるのは出来れば避けたいのです。とりあえずあまり時間のない私はステレオタイプのナザレ観光をすべく、路地という路地を歩きまくり、伝統衣装を身にまとったおばあさんの写真を撮り(本人の了承を得たうえで撮影しています)、小銭を使ってケーブルカーで高台にのぼり小銭をけちって徒歩で下り、ナザレに来たからにはと無理やりイワシを食べ(今日の分は終りと言われたが、半分で良ければ・・・と明日のぶんのイワシを焼いてくれた。3匹+サラダで3€)、教会や土産屋をちら見しながらそぞろ歩きました。

とりあえず名所めぐりは済ませたので、大西洋に沈む夕日を見ようと浮かせた小銭を使ってシートを購入し、砂浜で待機。なのに全然暗くならない・・・風はそれなりに冷たいし何より暇なので、いったんお土産屋さんに戻り時間を潰そうと一軒のお店へ。2€という格安ビーサンを見つけ真剣に物色していると、その近くに私以上に真剣なまなざしでビーサンを選定する人が。よくよく見ればさっきのMくんではないですか。

偶然の再会を喜びあい、散歩をしがてら夕日を見ようと海岸へ戻る。一時間以上話をしてやっとこさ日没。かなり期待していたが、思ったほどではなくて「微妙だ」と笑いながら帰路につく。後日彼に聞いた話によれば、翌日の夕日はとてもキレイだったとのこと。彼のことやその後の顛末は旅行記とは関係ないので割愛しますが、とっても良い人でした。

日も暮れたので一緒にイワシの塩焼きを買って(昼間食べたことは言えなかった)、お手製のパスタと買い置きしていたというワインをごちそうになり、初めての旅友にうかれて帰宅したのでした。

ちなみにMくんの泊まっているペンサオンは私の泊まったところより立地がいいうえに設備も充実、部屋もきれいだし何より安かったのです。ナザレの宿泊場所は民宿で良ければいくらでもあるので、よく吟味した方が良さそうです。少なくともバス停で客引きをしている強気な人は辞めた方がいいです。

快適なMくん宅と比較するとなんて殺風景な部屋・・・とうなだれていると部屋にアリがちょろちょろ。何だこの宿は!!と怒りながら部屋を見回すと、自分のバッグに近づくにつれアリが増えていく。まさか・・・と思ったがそのまさか、昼間買って鞄に入れっぱなしにしておいたエッグタルトに大量のアリ。鞄の中にもものすごいアリ。うーん、アリは宿のせいじゃなく、完全に自分のせいです。むしろ宿主に迷惑をかけています。わずかに残った理性で時間帯を考慮し絶叫するのを我慢して、アリ退治を敢行することに。

まず元凶のエッグタルトはトイレにin。ただ大き過ぎて流れないのでトイレ掃除の変な棒みたいのでつぶしまくり、何度も水を流す。アリまみれになっていた紙袋は窓からブン投げ(本当はいけないんですがパニックだったのです)。バッグの中にいるアリをトイレにinすべく逆さまにしてブンブン振っていると、勢いあまって大事な本が便器のなかへ。何とか本は取り出し、泣く泣くゴミ箱へ。残ったアリはシャワーで水責め。部屋にいるアリをスリッパでたたきまくり、白々と夜が明けるころやっと眠りつく。あんなに素敵な時間を過ごしていた数時間後はトイレにこもってアリと格闘。この落差は何なんでしょう。悲しい。。。同じ宿の人たちにとって私の行動は夜中にバタバタ、ジャージャーとさぞうるさかったことでしょう。アリを呼び込んでしまったうえに騒がしくしてすみませんでした。この場を借りて同じ宿のドイツ人らに謝りたいと思います。

翌日は少しナザレをぶらぶらしてオビドスへ向かいます。
ナザレのバス停に着くと民宿を営んでいるおばさんたちがボードを持って客引きをしている。すごい迫力でちょっとびびる。とは言えナザレの宿は予約をしていないのでおばさんたちがいて安心したのだが。

のろのろとバスを降り、荷物を受け取っていると先ほどのイケメン東洋人が客引きの一人につかまっている。そのおばさんはこちらに向かって何か叫んでいる。タイ人だと思い込んでいたイケメン東洋人は実は日本人だったらしく、おばさんの提示した条件を要約して伝えてくれた。(以下、イケメンタイ人風日本人をMくんと呼ぶことにする。)一泊30€とのことだったのでとりあえず二人でついていって部屋を見せてもらうことにする。

バス停から海と反対側に3分程度歩いた可愛らしい民家に到着した。ちなみにおばさんは異常な早足で重いバックパックをかついでついていくのはかなり大変だった。しかも歩いている間ずっと早口の英語で何かを喋り続けており、そもそもの英語能力が低いうえに移動に精一杯の私はとてもではないが聞き取れず、すべてMくんにお任せした。

案内された民家は3階がすべて旅人用の貸し部屋になっていた。全部で3部屋あるのだが、おばさん曰く他の部屋にはドイツ人やイギリス人などが宿泊しているらしい。
各自のナザレ滞在日数(私一泊、Mくん4泊)を告げると、おばさんはMくんに対してのみものすごい勢いで営業をしはじめ、私はしばし放置されることになった。

5分程度の交渉の後、Mくんは他の宿を探すことにしたらしく、今度は私に営業を始めた。Mくんに対して4泊で90ユーロと言われた部屋はかなり広いがテレビはなく、バス・トイレもほかの部屋と共同だった。なお、2つベッドがおいてあったので、おそらくカップルパッカーと勘違いして二人を連れて来たのであろう。

ちなみにおばさんは初日は部屋を一緒に使っても良いと言っており、部屋代が半額になるのならいっそ同じ部屋でも良い気がしたが、Mくんが速攻断っていたのでやや複雑な気持ちで私も断ることにした。

私は1泊しかしないのであまり宿さがしに時間をかえるわけにもいかず、一泊25ユーロでこの部屋に泊まることにした。ちなみにMくんはなぜか最後まで交渉につきあってくれ、通訳までしてくれた(Mくんは英語が達者なのです)。

しかし、このおばさんはすごいパワフル&短気で怖かった・・・。私の言っていることをMくんが通訳してくれているのに「あなたじゃなくて彼女に聞いているのよ!」と怒り、Mくんと私をたいそうびびらせた。このおばさんとは出発まで全く顔を合わせることもなく、その後のやり取りは2階に住んでいるおばあさん(彼女のマザー)と行った。おばあさんは英語がビタ一しゃべれないが、おだやかないい人だったので助かった。

とりあえずMくんと別れ、ナザレの町をぶらつくことにする。
ポルトからナザレに行く途中、乗継で立ち寄ることになったコインブラについて少々。

コインブラは大学の町である。地球の歩き方によれば「政治のリスボン、商業のポルト、文化のコインブラ」だそうだ。今回は訪ねる予定のなかった都市だが、おもいがけず来ることができたのでせっかくなのでちょっとうろうろすることにした。

とは言え滞在時間は1時間。

バスターミナルから中心部(の端)は徒歩10分程度。重いバックパックを背負っての移動なのでサクサク動けばもっと近いのかもしれない。あまりギリギリに戻ってバスに乗り遅れては元も子もないのでちょっと早めに戻るとすると実質コインブラ観光に費やせるのは30分。

白壁が可愛い印象の町だ。人ものんびりしており、治安もよさそうである。こじんまりとしたレストランや雑貨屋さんなどが可愛い・・・とここまでで時間ぎれ。バックパックをかついで今来た道を引き返す。次回ゆっくり来たいな。

バスターミナルに戻り、ベンチでポルトで買った桃をむしゃむしゃ食べていると、二人組のおじさんが「よう!」と声をかけてくれる。どうやら間もなく乗換バスが到着するようだ。5分程度話をするが、私の英語力が拙過ぎてコミュニケーションがうまく図れない。あーくやしい。

新しく来たバスに乗車。どうやらバスは座席指定らしい。さっきのバスもそうだったんだけど、みんなムシして適当に乗ってしまっていたようだ。私のチケットを見て座るべき座席を教えてくれた二人組のおじさん。今度はロシア人を思わせるいかついボーズが隣である。うう、怖い。余談だが心の中で彼をスコーピオンと呼ぶことにした(いかにも頭にサソリの刺青をしていそうな顔だった為)。

一時間弱乗ったところでまたもやバスターミナルに到着した。着いたのか分らなかったので意を決してスコーピオンに聞いてみる。結果的に違ったのだが、ここでスコーピオンもナザレに行くことが判明する。その後も「あと**分くらいでナザレだよ」とか「ほら、海が見えてきた。ナザレはもうすぐだ」とか逐一世話をやいてくれた。スコーピオンは見た目は怖いが非常に親切な青年だった。大変失礼しました。

結局ポルトを出て4時間くらいかけてナザレに到着した。ナザレに到着するとスコーピオンはもちろん、後ろの方に座っていた二人組のおじさんも「着いたよーナザレだよー」と声をかけてくれた。みんな本当に親切です。ありがとう。

ナザレに着いてからのことはまた今度。
RE社のバスにてポルトからナザレへ移動する。

バスの時刻表はRE社のサイトから出力済だったが、念の為ボリャオン市場に行くついでにツーリストインフォに寄り現地最新版を手に入れていた。

びびりの綿素材は出発30分も前にバスターミナルに到着し、窓口で切符を購入し出発を待つことに。途中でお腹が空くかもしれないのでターミナル内の小さな売店でエッグタルトを購入する。

今まで書いていなかったけどエッグタルトにすっかりはまってしまった綿素材はエッグタルトを見つけるたびに、というのは大げさだけど食べられる範囲で購入して食べていた。エッグタルトは本当にあちこちで売っているので、本当に見つけるたびに食べていたらこの一週間で激太り必至である。実はこのエッグタルトが後々大変なことになるのだが、それについては追々書きたいと思う。

さてバスターミナルであるが、倉庫のようであり待合室の居心地も決して良いものではない。ここで時間を潰そうとするのはお勧めしない。

ほぼ定刻通りにバスが到着し乗り込む・・・と書くとスムースに行ったようだが、実は結構乗り場がよく分からなくてちょっと不安を抱えていた。ある人に聞くと1番だ、1番に行って聞くと4番だ、4番に行って聞くと5番だ・・・のような感じでどれが本当なのか良く分からないのだ。ポルトガルは本当に親切な人が多いのだが、これからの移動も含めバス会社の人の一部はそうでもない気がした。

そんな不安を抱えてバスに乗り込むとバスはほぼ満員。本当は運転手さんの近くに座って「ナザレに行きたいの。ナザレについたら教えてね」と末っ子丸出しの甘えんぼうを演じ、確実に移動できる方法をとるつもりだったのだが、席が全く空いておらず仕方なく後ろの方に適当に腰掛ける。

チケットを見せて乗ったので間違いはないと思うが不安である。しかもチケットにはポルト→ナザレと書かれているのだが、その都市名の間に謎の一文が書かれているのである。直通だと思っていたが乗換が必要なのだろうか。自力で調べようと地球の歩き方や指差し会話帳を開いてチケットとにらめっこしてみたが、その単語は見つからない。

運転手さんに確認したいところだが、後ろから二番目の席から運転手さんに話しかけに行くのは現実的ではないので、他の誰に確認するのがベストか思案にくれる。周りにいるのはやたらに露出の多く発車直後からガン寝のおばさん、ちょっとかっこいいお兄さん、おじさん二人組、かっこいいけど怖そうな東洋人。

ここで候補からはずれるのは真っ先に東洋人である。外国人に外国人が道をたずねるというのは効果がうすいと思われる。他の人たちもポルトガル人か分からないが(白人だとどこの国の人か見分けがつかないので)とりあえず東洋人ははずしておくのが賢い選択だろう。しかも日本人ならいざ知らず、風貌からして違うと思われる。しかも何人だか知らんが、英語の本読んでるから絶対に日本人じゃない。そのうえかっこいいだなんて怖くて話しかけられるはずもない。

次に寝ているおばさんは候補からはずさせて頂く。寝ているのを起こしてまで聞くのは気まずいからだ。しかもこのおばさん、この狭く混雑した車内で思いっきりリクライニングシートを倒して寝ている。後ろのかっこいい東洋人が困っているではないか。

次にちょっとかっこいいお兄さんも候補から外す。理由は席が離れていることと(通路挟んで隣なのでちょっと話しかけにくい)彼女らしき人が隣にいたこと、そしてかっこいい人と話すのは緊張してしまうからである。

で、最適と思われるおじさん二人組に「私はナザレに行きたいのですが・・・このバスはナザレに行くのでしょうか?」とこそこそ聞いたところ、大きな声で「行くよ!」と答えてくれた。

そこからなぜかちょっとかっこいいお兄さんも加わり(仲間ではないと思うが)
自分たちもナザレに行くこと、コインブラで乗り換えが必要になること、等を教えてくれた。

ほどなくしてコインブラに到着し、一旦バスを降りることになる。二人組のおじさんは本当にいい人でコインブラのついたときに「乗換だよ」と教えてくれたうえ、コインブラのバスターミナルで「ナザレ行きのバスは一時間後に出発だ、出発の時には声をかけてあげるから心配しないで」というありがたい申し出をしてくれた。次のバスまで約一時間あり、せっかくなのでコインブラをぶらぶらすることにした。
明け方物音で目が覚めてしまったので、予定を早めてポルトへ向かうことにする。

ポルトへはAFまたはICという電車で約2.5~3時間の旅となる。
AFは特急、ICは急行という感じで、少しICの方が時間がかかる。しかしその分安いのだ。また列車には1等2等があり、もちろん2等の方が安い。
私は貧乏なのでIC2等車にてポルトへ向かうことにした(19.95€)。
なお、一番安いのはバスだという噂である。たぶん3€くらいバスの方が安いと思う。
AFにしてもICにしてもサンタアポローニア駅もしくはオリエンテ駅から乗ることができる。前者は東京駅的な存在で、後者は品川駅のようなものだと理解すれば良い。泊まったホテルからはどちらも同じ位の距離だったので、乗り場の少ないオリエンテ駅から乗車することにしたのだ。

タクシーを呼んでもらい、オリエンテ駅へ向かう。
オリエンテ駅まではだいたい10分くらい。メーター6.8ユーロ、請求されたのは9.2ユーロ。今日はトランクを使った&呼び出したのでその分の上乗せと思われる。

オリエンテは事前のネット情報通り、幕張にそっくり。電車マークを見つけてずんずん進んでいくが、どうしたら良いか分からなくなり引き返す。「ポルトに行きたいのです、どうしたらよいのですか」と聞くと、肝っ玉母さん風のお姉さんは「一番奥の売店で買うのよ!あ、一緒に行ってあげるわ」と親切な申し出をしてくれたのでありがたくついていくことにする。売店のおじさんにポルト行、7:39発と告げ、無事に切符を購入。サンキューお姉さん&おじさん。

IC2等席、19.95ユーロ。
余談だが、電車の中で車掌さんが切符の確認に来るので切符はしまいこまない方が良い。

切符を買ってもまだ時間が余っている(現在7:15)ので、KIOSK的なお店で名物「ナタ(エッグタルト/0.75€)」を買う。
ううう・・・うまい!お兄さんに「シナモンパウダー」を差し出され、シナモン苦手にも関わらずどっさりかけてしまったのに、それでもすごく美味しい。キオスクでこれなんだから本場のナタはものすごく美味しいに違いない。

そんなこんなで電車が到着する時間となった。
定刻通りに電車が到着。腕に腕章をつけている駅職員のおじさんに切符を見せて、自分の乗る車両を確認し乗り込む。

これから3時間の列車の旅。ちょっと眠いが、AFやICにもスリがいるという話をネットで聞いていたので眠らないように気をつける。(個人的には全くスリをするような人は見当たらず。車内も空いていたし・・・安全な感じがしました。用心にこしたことはないですが。)

ICは東海道線遠距離列車の趣きで、やや揺れが激しいが乗り心地はまずまず。

ポルトに10:39到着の予定だが、10:36に「らしき所」に停車し、結構人がたくさん降りていく。降りるべきか迷っているうちに扉が閉まり焦る。近くにいる爺さんに聞くと「ネクストがポルト(カンパニャン)」だと教えてくれた。

カンパニャン駅ではホームから駅舎に戻り、サンベント駅への切符を買いなおす。駅舎へ戻る必要があったのか無かったのかは定かではないが、方法が分からなかったので。。。

またもやいろんな人に聞きまくり、また東洋人が珍しいのかかなりジロジロ見られながらサンベント駅へ向かう電車に乗る。

リスボンを出発して約3時間半、ポルト(サンベント駅)に到着!
やっとこさ旅行記めいてきました。
ポルトガル初日に滞在することになったホテル、Residencial Mar dos Açores について。

◆booking.comにて予約
◆20ユーロ/1泊とリスボンでは格安(バス、トイレ共同)
◆部屋は狭い、内装はカワイイ。
◆部屋にはテレビ、ベッド、洗面台、小さいクローゼット、電話がある
◆泊まった部屋は3階、トイレ・バスが目の前なので便利
◆バス・トイレは清潔
◆人の歩く音、話声、特に水回りの音がかなり響く。明け方フロントの人の交代の声で目が覚めてしまった。

◇移動はタクシーだったので良く分からないが治安は悪くなさそう。ただし地下鉄の駅まではちょっと遠そう。
◇朝ごはん付き、朝食は8時から近くの食堂で。ただし私は食べず。

一泊しかしなかったので何とも言えないが、総合的にCPは高そう。ただし、明け方の音が毎日だとすると結構キツイ&夜ブラブラしたい人にはあまり向かないかも。フロントの人がフレンドリーだというネット口コミも見ましたが、そうでもないです。結構ビジネスライクというかクールでした。

遡れない・・・

2009年10月4日 日常
ポルトガル旅行記の続きを書こうと思ったのに、今日だと最大9月5日までしか遡れない。あああ・・・前はこのブログ、無制限にさかのぼれた気がしたんだけどな。しかも写真も何故かup出来ない。うーん。今のところまだ行きのヒースロー乗換まで(しかも途中)までしか書けてなくてポルトガル旅行記でも何でもないんだけど。そのうえ先日アンコールワットに行ってしまい、徐々に記憶が薄れておりまずいですね。

ヴェジ

2009年8月9日 日常
今日も日がな一日ドラゴンボールの動画を見ています。やっとギニュー特戦隊登場するところまでいきました。それにしてもベジータはいちいち可愛すぎる。
九月の連休にカンボジアに行くことにしました。値段はもちろんバブルスくん。でもいいんです。だってその為にお仕事頑張ってるのだからね。

おやすみ

2009年7月30日 日常
昨日発熱のため早退。朝起きてみるとだいぶ熱は下がったが何となく休むことに。今日一日でしたことは、さくら剛という人旅行記を読んだこと、野菊さんという人の旅行記を読んだこと、ドラゴンボールの動画を見たこと。以上。
ポルトガルでお友達になったイケメンバックパッカー君について少々。

半日しか一緒にいなかったけれど、すごく素敵な人で彼のおかげでポルトガル旅行が一層楽しくなったことは間違いありません。

色が浅黒くて、大きな目に通った鼻筋、長い手足に細マッチョ(予想)。もやしっ子を愛するという稀有な好みの持ち主である綿素材のタイプではありませんが、世間一般から見て文句なくイケメンでしょう。おまけにオサレさんで、英語がペラペラ。出身は東京の高級住宅地。日本人離れした外見だと思っていたけど、話を聞いているとなんとハーフでした。

自信満々で調子に乗った輩が大嫌いな綿素材ですら、この人ならば調子に乗るのを認めざるを得ません。

なのに、なのにです。
内面が実にヘナチョコ。優しくて涙もろくて臆病でやや人見知り、そして極度の方向音痴、うーん最高です。話し方もおっとりスローペースで何とも可愛らしい。

海を見ながら何時間も話したあと、彼の借りた宿で彼の作ったパスタを一緒に食べました。彼はお料理まででき、しかも盛り付けもうまい。食べ方もそこらの女の子(自分含めて)よりよっぽどキレイ。自分もそれなりにマナー等は身につけていると思っていたけど、いやはやまったく敵いません。どこまで素敵男子なの。

帰りは綿素材の泊まっている安宿まで送ってくれて、その道中満月にまつわる何だか不思議に可愛い話を聞かせてくれたり。夜中まで二人でいましたが、もちろん何もなく、最後まで紳士で素敵男子な彼なのでした。まあこれは相手が私だからかもしれないけどね。

オトメちゃん目線で好きになったかどうかは定かではないですが、好意を抱いたことは確か。たぶん彼は秋が深まった頃にしか帰国しないのでそれまで無事に楽しく旅を続けてくれることをひそかに祈ります。

世界一周

2009年7月20日 日常
数日前にポルトガルから帰って来て旅行記などをupしようと思っていましたが、いい感じで書いた文章が消えやる気を失いました。

まあ今回はノートに旅行記を書いたのであえてここに記すこともないでしょう。
一言で言うとポルトガルは大変素晴らしい国でした。
そして自分の性格は一人旅に向いているということを実感。

そこで味をしめたわけではないですが、今は無性に世界一周の旅に出たくて仕方ないです。年齢的にそんなことやってる場合じゃないし(青臭いにもほどがある)、仕事辞めなくちゃならないし、留学でもないので技能身につくわけでもなく、何より危ない&老齢の親を心配させる親不孝行為なので正直辞めた方が良いのは明らかなのですが、ずっとそのことを考えております。

もし行くとしたら多少の資金準備(数百万)と語学力(日常会話程度の英語力&加えてスペイン語などもできた方が良いでしょう)も必要でしょうから、その辺のことを考えると会社を辞めるのはボーナスを頂く6月ないし12月がベストでしょうね。約一年から一年半の間、この情熱を保ち続けることができるようであれば、やってみようと思います。

まもなく28歳。世界一周を実行にうつした場合、嫁にいくタイミングは世間一般と大幅にずれる、もしくは永久にないでしょう。

まあどうせこのまままじめに会社勤めを続けていても、一年やそこら旅に出ても、どっちにしろ私の人生なんてとるに足らないたいしたものではないはずなので、そこは好きにしようと思います。

面倒くさがりで、熱しやすく冷めやすいことこのうえないので、行くかどうかあやしいけどね。
ノートに日記をつけていたからブログには旅行記をつけないつもりであったが、やはり書くことにした。

というのもノート紛失事件(未遂)が起こり、今回は未遂で済んだものの、このだらしなくて失くし屋さんが管理するあの小汚い部屋では、いつこの小さなメモ帳がなくなってもおかしくない。やはりネットで管理してもらった方がよいのだ。

ネットに公開することで今後ポルトガル旅行をする人の役に立つこともあろう。とは言え地球の歩き方的な情報満載の旅行記ではないけど。
不安なことを書いたけど、不安を払拭するために色々頑張ってみました。まあ限界あるけど。

海外旅行でこんなに準備頑張ったのは初めてかも。

時刻表や空港、ホテルの情報、バウチャー、やりとりしたメールを全部印刷。

トラブル英会話、ポルトガル語指差し会話帳を購入。

地球の歩き方はすでに読み過ぎてボロボロ。(普段は行きの飛行機ではじめて読む)

スリ対策に財布は二つ用意。すべての財布&携帯&貴重品(航空券・パスポート)&デジカメにはチェーンを装備。

リュックにもなるソフトケースのキャリーバッグを用意。こちらもあらゆるファスナーに南京錠。ホテルの部屋で家具と結びつけるための自転車チェーンキーも用意。

予約はサイト任せにせず、自分で確認のメールを打ってみる。和英辞書片手に必死に作ったメールは中一以下の直訳英語の羅列。(それでもちゃんと返信が来てすごい嬉しい。)

なかには返事がこないダメホテルもあって、しつこくメールやファックス送ったけどダメ。最終手段の電話にトライ。めちゃめちゃ緊張しながら電話をかけたら英語のわからないおばさんで。わかる人も近くにいないらしくすぐにバイバイ。再チャレンジしたら英語のわかるお兄さんで助かったけど、自分のひどい日本なまり&拙い英語力ではどうにもならなくて。向こうのポルなまり英語も全然聞き取れない。「 Eメール見て!返事くれ!」と電話では全く意味をなさないジェスチャーをまじえて必死に伝えたところ、向こうもそれだけは理解。その場でメールを開けて回答してくれた。何だかそれだけのことにもすごく嬉しくなって。

今まで苦手だったmixiが非常に強い味方になってくれたのが大きい。
何か相談すると速攻で相当親切なレスがつくコミュニティ。
旅の境遇が同じような感じだからといきなり送りつけたメッセに親切にアドバイスをくれた見知らぬ人。
人の親切さにあらためて感謝感謝です。

まあこんな感じで人の助けを借りながら、色々やってみているのです。

この旅が無事にできれば一人旅も個人手配旅行ももう怖くない(と思う)。
27歳最後の旅が楽しい思い出になりますように。
いよいよ出発が明後日。

不安>>>>>>>>>>>>期待。

心配なことが多すぎて、心配事で浮足立っている。
とりあえず書き出すことで気持ちを落ち着けよう。

海外旅行は慣れているけど、今までとは勝手がちがう。
少なくとも現地ホテル手配や空港⇔ホテルの送迎は旅行代理店を通じてお願いする、そして友達や家族と一緒、というのが今までの旅のスタイル。
今回は全部自由。全部好きにしていい。でも全部自分の責任。


ざっと思いつく不安だけでもこんなに。

BAはちゃんと飛んでくれるかな。
ヒースローでちゃんと乗継できるかな。
リスボン着は夜中だけど危なくないかな。
タクシーにぼったくられたりしないかな。
ホテルには迷わず到着できるかな。
国内移動は予定通りできるかな。
スリにはあわないかな。
ホテルの場所は安全な地域なのかな。
怖い目に遭わないかな。
ナザレで宿は見つかるかな。
行きたい場所にはちゃんと行けるのかな。
帰国の朝は寝坊しないかな。
早くチェックアウトするのは大丈夫かな。
タクシーちゃんと呼んでくれるかな。
一人でさみしくならないかな。
現地でけがしたり病気になったりしないかな。
大事なものを落としたりしないかな。
携帯使って高額な請求きたりしないかな。
クレジットカードの不正請求は無いかな。
無事に日本に帰って来られるのかな。


問題の大小ありますが色々心配。とりあえず出来る限りの自衛策をとっているけど。明日会社なんか行ってる場合じゃないよ。休みてー。
会社の後輩ベッョンと飲む。彼女は五年来彼氏と別れんたんだと。正直関係ないしな。女の子のコイバナっつーほどつまらんもんはない。

ZAKIYAMA

2009年6月25日 日常
タイトル意味なし。

一人旅にそなえてmixiで情報収集を行っている。この年でミクシー大活用。笑えますな。質問すると速攻で答えてくれる親切な人たち、その中に明らかに精神の病んだヤツがいる。何故か私の質問にこたえるわけでもなく、でも微妙に話題に絡んできて怖い。何か私が荒らしているっぽい感じになるし困ったもんだ。

結婚式

2009年6月20日 日常
本日は同期の結婚式。新郎新婦ともに同期です。
書いていたらあまりに長くなったので消したけど、本当に素敵でした。新郎新婦の人柄と、出席者の気持ちがたくさん感じられて、一日中泣いて笑って過ごしました。体育会系のノリが嫌いで、面倒くさがりのニヒリスト、本音の人づきあいがあまり得意じゃない自分はこういう風にはまず出来ない。今まで否定してきたものに対して感動すると同時に自分の生き方が誤っていたのではないかと自省する部分もあります。

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